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[2019年9月9日(月曜日)/理事・今野 浩一郎]

「新卒採用は日本独特」は本当のこと??

 

広く支持される「新卒採用の常識」

 

多くの人にとっての常識を「それ本当なの」と疑いの目でみたくなる。今回は、この研究者のめんどくさい癖(研究者ではなく、私個人の癖かもしれませんが)にお付き合いいただきたい。

 

わが国企業の採用に関わる常識といえば、何といっても「新卒採用は他国ではみられない、日本独特の採用方法である」という新卒採用の常識だろう。

 

いま、新卒採用のあり方が問題になっているが、改革派であっても現状維持派であっても、新卒採用が日本独特の方法と考えている点では変わりはない。

 

だから改革派は他国にない新卒採用をグローバルスタンダードに変えたいと言うし、現状維持派は、他国にない新卒採用が日本企業の強みを作っているので現状を維持したいと言うのである。

 

 

「新卒採用の常識」を検証してみる

 

これほど広く支持されている常識であるためか、この常識が本当なのかを検証した例をみたことがない。しかし、改めて「本当なの」と問われると自信がなくなる。

 

たとえば新卒採用は他国では見られない採用方法であるかと言われれば、他国でも、卒業と同時に採用される学生は珍しくないし、卒業と同時に採用するために卒業前から学生に働きかける企業も珍しくない。

 

それに欧州では、深刻な若年失業を背景にして、円滑な”School to Work”をどう作るかが重要な政策課題になっているが、このことは欧州でも、卒業後すぐに採用されることは望ましいと考えていること(少なくとも、望ましくないとは考えていないこと)を示しているように思う。

 

そうなると、どの国でも新卒採用は存在することになるので、その「仕方」や「広がりの程度」の違いが常識の背景にあるのかもしれない。

 

たとえば新卒採用を「卒業直後に採用すること」と定義すれば、「仕方」にかかわらず、卒業直後に採用される学生がどの程度いるか(広がりの程度)が問題になり、卒業直後に採用される学生の割合を調べれば、日本と他国の違いを把握できる。

 

それ以上に重要なことは、この割合によって日本を含めた各国の「新卒採用度」を体系的に把握できることである。そのなかで日本が最も「新卒採用度」の高い国になれば、いまの常識が支持されたということになろう。

 

しかし、わが国の新卒採用は、採用後に長期にわたり育成する施策を組み合わせる「仕方」をとっている。この「仕方」を新卒採用の定義に組み込むと、同じ「広がりの程度」であっても、採用後の育成がない国は新卒採用とは異なる採用方法をとる国ということになるし、採用後の育成方法の違いによって多様な新卒採用の形態が生まれるかもしれない。

 

ドイツのデュアル・システムをご存じだろうか。そこでは、学校を卒業した生徒は企業と訓練契約を結んで3年程度の時間をかけて現場で訓練を受け、訓練が終了すると国家資格を取得し就職する。企業は自社で訓練した生徒を採用する義務はないが、大手企業の実態をみると、自社の訓練を終了した生徒を正社員として採用することが多い。

 

このドイツのデュアル・システムと組み合わせた採用方法は、採用後の訓練とセットにした日本とは異なるタイプの新卒採用ともいえ、世界には色々な形態の新卒採用をとる国がありそうである。

 

このようにみてくると、新卒採用の「広がりの程度」や「仕方」からみて日本が他国とどう違うかを確認してみる必要があるが、そのための説得力ある証拠はみたことがない。つまり証拠もなく常識が信じられているのかもしれないし、新卒採用は日本独特ではないのかもしれないのである。

 

 

新卒採用は歴史的産物

 

それに歴史的にみると、日本企業が根っから新卒採用をとる企業であったわけではない。

 

大正時代であったと思うが、技術者不足に悩む製造メーカが大学との関係を強めて、卒業前に学生の採用を決めて人材の確保をはかる(いまでいう青田買いをする)ために新卒採用を始めたとされている。それが現場の社員や文系の大卒ホワイトカラーまで拡大し、新卒採用が一般化したのは戦後に入ってのことである。

 

こうした歴史的な経験を踏まえると、人材が不足している、しかも社外から即戦力を確保することが難しい等の状況になれば、企業にとっては、社内で未経験者を育成せざるをえず、育てがいのある(訓練可能性の高い)若い人材を学校から青田買いすることが国を越えて合理的な選択になる。その意味では、新卒採用は日本企業の専売特許ではない、ということになるのかもしれない。

 

わが国では新卒採用のあり方が問題になっている。それは企業の経営にとどまらず、労働市場や個人のキャリアに大きな影響を及ぼす重要な課題であるので、面接解禁日をいつにするのか等の技術的な問題にとどまらず、「なぜ新卒採用なのか」「新卒採用のグランドデザインはどうするのか」等の高みに立った議論が必要であると思う。

 

その際の有効なアプローチは歴史の時間軸のなかで、同一時点における国際比較の空間軸のなかで自らのポジションを確認することであり、今回はそのための小さな試みである。

 

私のめんどくさい癖にお付き合いいただき有難うございます。また皆さんも、このような視点から新卒採用について考えてみませんか。

 

今野 浩一郎

今野 浩一郎

神奈川大学、東京学芸大学を経て学習院大学教授。現、学習院大学名誉教授、学習院さくらアカデミー長

東京工業大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士修了。著書には『マネジメントテキスト―人事管理入門』(日本経済新聞出版社)『正社員消滅時代の人事改革』(日本経済新聞出版社)、『高齢社員の人事管理』(中央経済社)等がある。

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