理事コラム

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[2022年3月2日(水曜日)/理事・今野 浩一郎]

2つの流行から雇用システムのこれからを考える

◆雇用システムをめぐる2つの流行
 いま、わが国の雇用システムのあり方をめぐる議論が盛んですが、それには2つの流行があるように思います。

 一つは、ジョブ型かメンバーシップ型かの視点から雇用システムを見直そうとする流行で、そのなかで次のことが強調されています。「失われた30年」のなかで競争力の劣化に悩む日本の雇用システムをメンバーシップ型、日本に比べると良好な競争力を維持している欧米諸国(といっても状況は国によって様々ですが)の雇用システムをジョブ型としたうえで、わが国の企業が競争力を高めるには雇用システムをメンバーシップ型からジョブ型へ転換する必要がある、というのです。

 さらに、わが国の企業は欧米諸国に比べて人材投資(つまり人材育成)に消極的であり、それが競争力の劣化の背景にあるので人材育成の充実をはかる必要がある、ということも盛んに強調されています。政府の政策にも大きな影響を及ぼしつつあるもう一つの流行です。

 この流行の震源は幾つもの研究機関が公表した企業の人材投資、人材育成に関わる国際比較研究の結果です。そのなかで最も注目されているのがOECDの行った国際成人力調査です。それによると、社内教育を受けたことのある日本の労働者は国際的にみて非常に少ない水準にあります。これを受けて、わが国政府は経済成長をはかるには、労働者のリカレント教育を充実することが必要であると考えています。

 

◆2つの流行をめぐる疑問
 以上の2つの流行の主張に従うと、「雇用システムをジョブ型に転換し、社員教育を積極的に行うこと」がわが国企業の進むべき方向ということになります。しかし、このシナリオには幾つもの疑問があります。ここでは、そのなかから人材の確保・育成に関わる点について考えてみます。

幾つもの怪しい定義が横行していますが、ジョブ型のキーになることは、仕事と人のマッチングの方法について「仕事に合わせて人をつける」という、「人に合わせて仕事を決める」メンバーシップ型とは対照的な考え方をとっていることです。


そうなるとジョブ型では、すでに必要な能力をもつ人を仕事に配置することになるので、企業は社員を改めて教育する必要がないということになります。それに対してメンバーシップ型では、教育を通して高めた能力に合わせて仕事を配分するので社内教育が重要な施策になります。つまり「雇用システムをジョブ型に転換し、社員教育を積極的に行うこと」という2つの流行が示すシナリオには相互に矛盾する2つの方向が示されていることになります。


以上の点に関連して、さらに2つのことが問題になります。第一に、理屈からするとメンバーシップ型の日本企業はジョブ型をとる欧米諸国に比べて社内教育に熱心に取り組むはずであるにも関わらず、国際比較データをみると、なぜ日本は社内教育に熱心でない国になるのかです。第二は、理屈のうえではジョブ型のもとでは企業は社内教育を行わないことになりますが、社内教育に熱心に取り組み欧米企業は珍しくないという現実があることです。そうなると、この理屈と現実の乖離はなぜ起こるのかが問題になります。


このような2つの流行をめぐって起こる疑問に答えることは、わが国の雇用システムのあり方を考えるうえで貴重なヒントになるように思います。

 

◆英国は「JIT型」、日本は「先行投資型」の人材育成・確保
 最近、日本と英国の百貨店の人事管理を詳細に比較した研究成果が発表されました。それによると英国企業は、管理職ポストに人材を就けるにあたって、①管理職の下のランクの社員から管理職への昇進希望者をつのる、②希望者のなかから適材を選抜する、③その選抜した社員に必要な知識・スキルを集中的に教育する、という手順を踏みます。それに対して日本企業は、①将来管理職に昇進することを期待する人材を総合職として雇用する、②その社員に対して管理職に必要な能力を段階的に教育していく、③このようにして作られた管理職候補者プールのなかから適材を選ぶ、という手順をとります。

以上のことは、日英で人材の育成・確保の考え方が全く異なることを示しています。つまり英国は、特定の管理職ポストにつく人材が必要であるという顕在化した人材ニーズに合わせて人材を育成・確保する、つまり人材の需要サイドを重視する「JIT型」の方法をとります。それに対して日本は、特定の業務ニーズにとらわれずに事前に候補人材プールを作る、つまり人材の供給を重視する「先行投資型」の方法をとります。


以上のことは採用方法にも影響を及ぼします。英国は特定の業務につくことを前提に採用する「JIT型」の方法を、日本は将来性のある人材を採用する「先行投資型」の方法をとることになります。

 このようにみてくると、英国は採用についてジョブ型、日本はメンバーシップ型と言えそうですが、同じジョブ型をとる欧州では、英国型とは異なる採用方法を取る国があります。

 

◆ドイツは「訓練組込み型」、日本は「適材発見型」の採用
 先日、ある研究会でドイツ企業がとる採用方法についての報告を聞く機会がありました。印象に残ったことがあります。

日本企業は一般的に、応募した人のなかから適材を見つけて採用する「適材発見型」と呼べる採用方法をとります。それに対してドイツ企業は、学校等と協力して、就職を希望する学生等に長期間の訓練機会を提供し、職業人として育成するという社会的な役割を果たしつつ適材を見つける「訓練組み込み型」と呼べる採用方法をとっています。

たとえばドイツの代表企業であるベンツは幾つもの「訓練組込み型」の方法をとっていますが、大学生を採用する代表的な方法は、インターンシップに当たる「プラクティム」(フルタイムで期間は数か月)を経た後に、学業と並行して短時間で就業する「Werkstudent」(期間は年単位)を経験した学生から採用するという流れになります。このドイツの方法は2つの点で注目されます。

第一には、長期にわたる訓練を通して候補者集団を作り、そのなかから適材を採用する「先行投資型」の方法をとっていることです。第二には、データをもって客観的に証明することはできませんが、「訓練組み込み型」をとるドイツは「適材発見型」をとる日本企業に比べて、はるかに大きな経営資源を採用活動に投下し、そのなかのかなりの部分が訓練に使われていると考えられることです。

 

◆流行をめぐる疑問にどう答えるのか
 さて、このような英国とドイツの現状をみて、前述の疑問にどう答えるのか。2つのことが手掛かりになりそうです。

第一に、英国は「JIT型」、ドイツは「先行投資型」の採用方法をとるように、同じジョブ型であっても人材確保には多様な形態がありそうです。つまりジョブ型であっても、特定の業務につけるためにすでに必要な能力をもつ人材を外部労働市場から採用するという方法を必ずとるわけではないのです。


第二には、ジョブ型であっても社員教育を行わないということはなく、英国の例をみると、管理職等のポストに人材を就けるに当たっては、適材を社内から選抜したうえで、その人材に対して教育を集中的に行うという「選抜者対象の集中投資型」と呼べる社員教育の方法がとられています。それは、考えてみると当り前のことかもしれません。管理職経験のない社員を管理職に就けるのですから、管理職に必要な新たな知識・スキルを教育することが必要になるからです。


以上のことを手掛かりにすると、雇用システムのあり方を考えるうえで次のことが大切であることが分かります。第一は、雇用システムをジョブ型に変えるにしても、そこには多様な選択肢があり、そのなかの何がベストであるのかを考える必要がある、ということです。

 第二に、わが国企業が問われている社員教育については次のことが考えられます。わが国企業は、とくに幹部社員候補者プールを形成するために若手社員を教育するという点で社員教育に熱心に取り組んでいます。それにもかかわらず、ドイツのように「訓練組込み型」採用方法をとらないから、あるいはイギリスのように「選抜者対象の集中投資型」の教育方法をとらないから、全体的にみると教育投資の少ない国になっているのかもしれません。

 このようにみてくると、雇用システムのあり方を考えるに当たっては、人材確保(採用も含みます)と人材育成をどう関連づけるのか等の複雑な問題を一つひとつ丁寧に解いていくことが必要であることが分かります。ジョブ型をとるべき、社員教育を増やすべきという単純な議論には間違えても乗らないでほしいと思います。

今野 浩一郎

今野 浩一郎

神奈川大学、東京学芸大学を経て学習院大学教授。現、学習院大学名誉教授、学習院さくらアカデミー長

東京工業大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士修了。著書には『マネジメントテキスト―人事管理入門』(日本経済新聞出版社)『正社員消滅時代の人事改革』(日本経済新聞出版社)、『高齢社員の人事管理』(中央経済社)等がある。

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